No22 カゲロウな釣り人生 2010年6月25日(金)
長い冬が終わり雪解け水が落ち着くと、待ちに待った川釣りシーズンが到来する。今年のように気温が上がらず雪解けが遅れると、釣り人にとって大切な期間が短くなるので「早く水がきれいにならないか」と仕事の行き帰りに川面を見ては気をもんでいる。
私がよく釣りに行く湧別川には昆虫のカゲロウが多く生息する。川の生態系の中ですべての魚たちの餌として重要な位置を占めていて、羽化した成虫が水面に浮かび上がる時が最も盛んに捕食される。
カゲロウの羽化は、日が暮れてほとんど薄暗くなりかけてから。釣り人たちにとっても夕方が最高の釣り時間となり、私は夕食を食べてからゆっくりと川に向かうときもある。
さあ、戦闘開始。フライフィッシングの疑似餌はもちろんカゲロウに似せている。水面を跳ねている魚に向かってさおを流すが、いつもうまく食いつくとは限らない。途中で疑似餌を交換する時は、薄暗い中で釣り針に糸を通すので老眼の私にはかなり難しく、焦って血圧が上がってしまう。
水面ばかり見つめていて、ふと気付けば周りは真っ暗闇というのは珍しくない。森の暗さを改めて実感し、帰り道にクマと遭わないかと怖くなり、どきどきしながら急ぎ足になる。
カゲロウは成虫になってからの寿命が短く、はかないものに例えられる。私にとってもこの釣りは「心臓に良くない。寿命が縮むな」と感じる。妻には「そこまでしなくてもいいんじゃない」と言われるが、やっぱりやめられない。
*つぶやき*
夕暮れ時のムリダムでただ今ニジマスとのファイト中。ダムは水量が増減し真ん中ほど浅い。
気がつくと岸際が胸の高さより深くなり、胴長靴の中に水が入り必死で岸にたどり着いたことが何回もある。しかし魚が跳ねているとどうしても前へ・前へと進んでしまうのは釣り人のオバカな習性である!
No21 春一番の食べ物 2010年4月6日(火)
わが家で「春一番」を感じる食べ物は、アカハラの刺し身です。川の氷が解けるとすぐに、産卵のため河口から上流を目指す春が旬の川魚。体に十分な栄養を蓄えたアカハラを、釣ったその日のうちにさばいて食べるのです。
アカハラとはウグイの別名で、アイヌの言葉でもスプン(赤い腹)と呼ばれています。普段は銀色の魚体ですが、産卵期になるとおなかに赤いしま模様が入るのでそう呼ばれています。
アカハラには2種類あり、口が丸く3本のしまが入ったウグイと、口先がとがって、しまが1本のマルタウグイがいます。ウグイの方が骨が少し細く、私にはおいしい気がします。
小骨が多いためか、道内では、ほとんど食べられていません。本州の一部では川魚料理の名物となっていますが、道内は海の魚が豊富なので、多くの地域で川魚料理の文化がなかったのが大きな原因ではないでしょうか。
わが家でアカハラを食べるようになったのは、私の祖父の影響があります。祖父が入植者として屯田兵とともに湧別川流域に住んだ時代は、魚は自分で捕って食べる以外になく、アカハラも大切な食料だったと教えてくれました。春になると「流し針」という仕掛けで捕り、刺し身やぬたとして食べたり、焼き干しにして、そばやうどんのだしにしたりしたそうです。小骨が多い魚なので、できるだけ薄く、透けるくらいに切るのが刺し身のこつです。白身で上品な脂がのっていて、コリコリとした歯応えは絶品。釣りの帰りがけに採った山ワサビをすり下ろして入れたしょうゆで、温かいごはんと一緒に食べると、最高においしく「春だ!」と思わず叫びたくなります。
*つぶやき*
これがアカハラ。湧別川では河口付近の工事の影響で水深が浅くなり釣り場がなくなった。河口のアカハラのポイントにはオジロワシやオオワシが周りの木に群れていたものだ。昔は堤防によくあったわさび(実は外来植物)もあまり無くなり、春の食べ物も簡単には獲れなくなった
No20 湧別川の宝石 2009年12月4日(金)
湧別川に住む魚の中でもっとも可憐で美しいのは、オショロコマだと思っています。大きさは20cm程の小さな魚ですが体測にオレンジ色の斑点をもち、鰭や尾にも白とオレンジのコントラストがあって大変きれいなまるで川の宝石のような魚です。湧別川では水温の低い最上流に住んでいて夏になるとほとんど水が涸れてしまうような小さな流れにも住んでおり、よくぞこんな場所にもいるなと生命力の強さに感心させられます。
子供の頃には白滝に住んでいた伯父さんのバイクの後ろに乗せてもらいイワナ釣りと称してよく連れていってもらいましたが、熊が出るから離れるなよといわれ怖い感じでしたが驚くほど沢山釣れて嬉しかった思い出があります。そんなオショロコマも最近は数が少なくなっていて、それには多くの問題点があります。その一つは多くの砂防ダムに住処を分断されている事です。湧別川の上流には非常に沢山の砂防ダムが点在し、ほとんど魚道がないためオショロコマの多くはダムとダムの間の限られた場所しか移動することができません、短い場所では数百m程しかありません。たまに下流域であきらかに海に出てから帰って来たと思われる外国ではドリーバーデンと呼ばれる銀白色で斑点の薄い大きな魚体が釣れることがありますが、彼らも決して上流部までたどり着くことはできないのです。
それと低水温の中で生活するオショロコマは地球温暖化の影響を最も受けやすい魚だといふ事です、水温が一度上昇すると生存率が72.4%になり4度で10,4%にまで落ちるとのデータが報告されています。湧別川の宝石をなくさないために我々がするべき事は沢山あると思っています。
*つぶやき*
湧別川のオショロコマは、上流の熊が沢山出没する場所が釣り場である。最近は、居酒屋に卸すために釣りに来て、大量に持ち帰るやからがいるらしい。
私が熊ならそういう人を狙うのだが!ハハハ~
No19 釣りにルール整備を 2009年10月6日(火)
オホーツクの海岸はサケ釣りの最盛期を迎えています。今シーズンは「過去最低の不漁では」との予測もありますが、釣り人は道内各地を奔走し、海岸や港を埋め尽くす勢いです。
そのせいか漁業者や地域住民とのトラブル、釣り人同士の釣り場や釣りの仕方をめぐるいざこざも多くあります。中でも地域住民にとっては、残されるごみとふん尿が一番深刻な問題のようです。これは、手軽にサケ釣りができる道具が安い価格で買えるようになったことや、団塊の世代など時間に余裕のある人が増え、多くの人が釣り場に出かけるようになったのが要因の一つでしょう。
道内にはサケ釣りをはじめ、ほとんどの釣りにはきちんと定められたルールがありませんが、海外ではトラブルを避けるだけでなく、環境保護の観点から釣りのルールを決めている国々が多くあります。米国やカナダなどのルールは厳しく、ライセンス料金を払わなくてなりませんし、ルール違反に対しては重い罰則もあります。釣りの初心者や子どもたちにも、周知が徹底されマナー教育がなされています。
道内の釣り好きにとって、豪快なサケ釣りは1年の中で最も大きなイベントで、道外から多くの観光客を呼び込む可能性も秘めています。釣り人は楽しく、漁業者や地域住民は安心して仕事ができるように、北海道も早急に法律を整備してほしいと思います。釣り人と漁業者を住み分けるため、私に1つアイデアがあります。それは「釣り人専用の港」。経済的な負担はかかりますが、釣り人へのライセンス料金などで賄います。自分たちに還元されると分かれば、釣り人たちも協力するのではないでしょうか。
*つぶやき*
妻の父とは毎年一緒にサケ釣りに出かけている。昔は二人で何十本ものサケを釣り必死で車まで運んで来たことが何回もあった(車の後ろが下がった)。自分自身でルールを決めるのは難しいものだと想う。釣りすぎに注意しよう!自戒をこめて
No18 ヤマベの未来と私たちの幸せ 2009年8月8日(土)
7月1日ヤマベ釣りが解禁になった。高校時代は学校をサボってまで出かけた、釣り人にとって待望の日。東京から一人、札幌市から二人、北見市から一人と私、総勢5名の太めの釣り好きのおっさんが集まり、生田原川に出かけた。
私のとっておきのポイントは、自宅から10分足らずの通称「吊り橋跡」。「ヤマベの釣り場では遠い方だよ」というと片道3時間はあたりまえという東京人は、かなり驚いていた。
いざ釣りを開始。フライフィッシングが得意な東京人も、この日ばかりは私からさおとイクラを借りて挑んだ。さらに「自分で釣ったヤマベしか食えないぞ」との言葉にいつもはキャッチ&リリース派もかなり張り切っていた。三年前の大洪水により生存があやぶまれたヤマベが、昨年から見事復活し、開始より2時間程で自分たちで食べられる十分な釣果を達成した。
早々と午前中に釣りを終了し、我が家で調理をした。大型は塩焼きに、中型はフライに、小型は唐揚げに。マイタケご飯を炊き、タモギタケが大量に入ったみそ汁を大鍋いっぱい作った。5人で30分ほどで完食。おしゃべりの後、お腹一杯で昼寝をすると、予定していた午後からの釣りの時間がなくなり、友人たちが帰る時間になった。友人は皆、「ナベさんは幸せあふれる土地に住んでいるね」「私も引っ越してこようかな」と言ってくれます。でも地元の人達はこんな幸せをもたらしてくれる自然がすぐ近くにあるのに、あまり関心がないように思える。生田原川は今後、上流から遠軽町まで全面的に堤防が造られる計画になっている。北海道土木現業所では環境への十分な配慮を約束してはいるが、ヤマベの未来と私達の幸せのために、厳しく監視していかなくてはと考えています。
*つぶやき*
ヤマベが復活。してほんとうに良かったと思ったが、この年だけだった。一度大きな変化があるとそんな簡単には元にもどるはずはない!人生にもそんなことは一杯あるもね
No17 エルムの雑木山 2009年5月10日(日)
英語でエルムとはハルニレなどニレの木の総称で、幸福の木の意味を持つと言われています。昔は街路樹にもなっていて、流行歌の「高校三年生」の「ニレの木陰に...」というフレーズを知っている人も多いはずです。でも実際のニレの木がどんな木なのかを知っている人は少ないかもしれません。
ニレを含め多くの広葉樹が混生している山は雑木山と呼ばれます。その中はいろいろな特徴の木が生えて、多くの生き物が生活している場所になっています。木の実は動物たちの餌になり、落ち葉は栄養豊かな土になり、山に水分を蓄える保水の役目をはたします。川に落ちたり、海にながれたりした葉は、虫たちの餌になり、その虫を食べる魚たちにとっても大切な役割をはたしているのです。だから雑木山はとても大事なのに、今、私の周りではどんどんなくなっています。雑木を育てるのは年数がかかるから、というのが理由で、成長が早い針葉樹に切り替えられているのです。しかし針葉樹だけでは、雑木山の役割を果たすことができません。
国有林では、皆伐して針葉樹だけを植える昔の方法ではなく、広葉樹と織り交ぜた林を造る方法に替わってきてはいるそうですが、いまだに経済性だけを重視する人が多く、民間の山ではほとんど採用されてません。エルムの木を好きな人に贈ると、「私に会いに来て」というシグナルになるそうです。この春は、ぜひ多くの人たちが関心を持って雑木山に足を運んでくれることを願っています。
*つぶやき*
この写真は当時近くに住んでいたオーストラリア人が写してくれた湧別海岸のニレの木です。彼の写真はセンスが良くてすばらしかった。しかしいきなり離婚すると言ったきりいなくなった。私は英会話を少し習ったが、もうすっかり忘れている!
No16 メタボリックな魚達 2008年5月20日(火)
春を迎えたオホーツク海では、流氷が残した養分によってプランクトンが大繁殖し、それを求めて沢山の魚達が活動を始めます。同時に多く釣り人達が海岸や港に押しかけカレイやチカやニシンなどをねらって竿を並べています。オホーツクの釣り人の海明けです。この時期に最高においしいのは毛ガニとサクラマスでしょう。
サクラマスの名の由来は、桜の花が咲く季節に生まれ育った川に帰って来るからだとの説と、秋の産卵の季節になると桜色の模様が体に出来てくるから、との二つの説がありますが、旬を考えるとやはり春の魚と思えてしまいます。オホーツクでは主に小型定置網で漁獲されますが、あまり多くとれる魚ではなく、スーパーなどでお目にかかる事が少ないです。塩振り焼き、煮付け、フライ・・・。どの料理も絶品です。春に遡上を始めるサクラマスは、秋の産卵の季節までほとんど餌をとらないで暮らして行かなければならないので、今の時期にはたっぷりの脂肪を体に蓄えたメタボリックな体型をしています。その栄養分で半年間生き抜くのです。
昔から漁師の人達は、大きくてりっぱなサクラマスを敬意をこめて板マスと呼びます。横から見るとお腹がでっぷりとしていてまるで長方形の板の様に見えるからだそうです。ホッケにしてもサケにしても、ほとんどのおいしい魚はメタボリックな体型な方が立派に見えるのです。
魚の世界では価値観をもって語られメタボ体型ですが人の世界では逆。自分が何かわるいことをしているかのような、寂しい気持ちにさせられることが多いです。「あなたもお魚さんだったらよかったのにね」と妻に言われ、そっとおなかをなぜる私です。
*つぶやき*
ぷっくりとしたヤマベのフライ。私の大好物である。
自然からの偉大なお恵みもメタボな私にとっては危険な誘惑である。しかしがまんできない!
No.15 見えない命 2007年5月26日(土)
サケは親子が巡り会うことはありません。
秋に川に上ってきた親サケは産卵をして死んでしまいます、その親サケの死んだ体はバクテリアによって分解され川の養分となります。それによりちいさな川の虫たちが繁殖し、その虫たちを生まれたサケの赤ちゃん達が食べて大きくなり、川を下って海にたどり着き大海原を回遊して大きく育ち、また生まれた川に帰ってくるのです。
実際には親サケが子供のめんどうをみて育てるわけではないのですが、見えない大きな命の連鎖で繋がっているのです。
昨年秋の大洪水で湧別川も各所に被害が出ました。川だった所が干上がり、畑だったところが川になったりしているので、今年から色々な場所で工事がが始まることでしょうが、多くの子魚や虫たちも流されたりすみかを失い、多くの影響を受けているはずです。
カナダでは幼稚園から高校生までサケの採卵作業や川の周りのゴミ拾いなどの体験学習事業をして川の大切さを学んでいます。川を大切にする意識も高く、工事に関しても多くの地域住民の話し合いの基に行われています。
湧別川ももっと川を大切にした工事をして欲しいものです。見えない命を大切に育てていける場所を残し、それを教えていくことで、目の前にある現実的な事にばかりに左右されない子供達が育つのではないでしょうか。
*つぶやき*
黄卵(さいのう)とよぶ袋を付けたサケの赤ちゃんである。よく冷たい水の中で生まれ育つものである。
弱々しく見えていても実はたくましい。