NO 14 やまべの未来2007年1月10日(水)
昨年はいろいろな災害がこの地域を襲い、秋には大雨が降り湧別川は数十年ぶりの大はんらんをした。上流の小川から下流まで川の流れ方が大きく変わり、隣接する道路などにも大きな被害がでた。湧別川に沿って走るオホーツク100kmクロカンのコースもあちらこちらで大きく崩れるなどし、やむなく今年は中止になった。
はんらんで大きな被害を受けたのは、川に住む魚たちも同じだ。これから冬を迎えようという時期に住む場所を追われ、川底に住む虫たちもほとんどが流されて餌がなくなった。
最も心配されるのはサクラマスが産卵したあとに、はんらんがが起こったことだ。北海道では春に海から上ってくるサクラマスが、秋に川の上流で産卵してその子供が翌年にヤマベになる。濁流でほとんどの産卵床が流されてしまった可能性が高い。
しかし少しの希望はある。魚は、人間にない予知能力を持っている。災害を予測し流されない場所を見つけて産卵してくれていれば、夏にはいつものように多くのヤマベが見られるかもしれない。
今後、地球温暖化により北海道は東北地方と同じくらいの気温となるといわれています。気温上昇の影響で毎年のように秋に大雨が降り、川からサクラマスやヤマベの姿が消える(そのせいで東北地方ではサクラマスがほとんどいなくなっているそうです)湧別川の未来がそんなことにならないよう、心から願っている。
*つぶやき*
遠軽橋から見下ろした氾濫している湧別川。岸のゲートボール場は水に浸かっている。近くの跨線橋の下はイルカが泳げるほどに水がたまり通行止めになった。自然の力の恐ろしさを感じ、ヤマベの稚魚はどうなるのだろうか!と思った。
No13 美容師の幸せ 2006年8月23日(木)
我が家は美容師一族です。母方の祖母は髪結いや着付けなどの仕事をしていました。母は現在の美容室の創業者で、私の兄弟は三人とも美容師。いとこや叔母にも沢山の美容師がいます。
美容室は土、日が最も忙しくなります。子供が小さいときはよかったのですが、学校に通うようになると、休みが合わせられず、何処かに出かけることもままななりません。運動会や学芸会もお店が忙しいときにはなかなか行ってあげられませんでした。夕食も遅く、寂しそうに待っている顔をみると、子供との関わり合いがだんだんと薄くなっていくような気がしました。
そんなことから、できるだけPTAの役員を引き受けるようにしました。一五年ほど前のことです。役員の多くはお母さんなので仕事柄早くうち解けることが出来たと思っています。先生や父兄といろいろな話をすることによって子供の学校での様子が分かり、子供達との会話もはずむようになりました。家庭が明るくなった感じがしました。お店を留守にすることが多くなり、お客様やスタッフには迷惑をかけましたが、子供が学校に通う短い間のことだと割り切ることにしました。
そのかいあってか三人の子供達全員が、学校の作文で将来就きたい仕事の欄に「美容師」と書いてくれました。ほんとうにうれしかったですね。
来年は末の娘も成人式を迎えます。成人式に自分の娘の髪を結い上げるそんな幸せな父親は世の中そういないでしょう。美容師になってよかった!
*つぶやき*
成人式の日に娘の髪を結えて嬉しかった。娘の同級生は、おじさんなんかニタニタしていてあやしいネ!と言われたが気にならなかった。現在東京で美容師をしているが早く遠軽に戻って来て欲しいと想っている。だが難しい!ハ~
No.12 今、一番欲しい物 2006年3月8日(水)
郊外に畑を持っている。その山際にヤチダモの林があって、一昨年の台風で何本かが倒れたり、倒れかかったりしていた。意を決して整理することにしたのだが私自身はチェンソーを使ったこともない。そこで元・営林署員の、妻の父に指導を仰ぐことにした。
木をどの方向に倒すかを、周りの地形や木の状況をよく見て決め、どんな切り込みをいれ、どこまで切るのか。木が倒れるとき、周りの木々を巻き込むため、弓なりになった木をうまく処理しないとはじける力で大けがをする場合があるーなどなど。山で生きてきた人の大切な約束事の一端を知ることができたのは貴重な体験だったし、すごく楽しかった。
さて、その切ったヤチダモ。どうしようか考えてやはりまきにするのが一番だろうという結論になった。かくしてかなりな量のまきが完成する運びになった。最近は灯油の値段が高騰していることもあり、まきストーブが見直されているみたいで、専門の雑誌も登場している。家から出す紙なども燃やすことができるのでごみの量が減る、灰は畑にまくと肥料になって環境にやさしい、などと書いてある。
子供の頃の、あの独特の暖かさを知っている私にとっては、まきストーブは夢の世界。燃えるオーロラのような炎を見つめたり、背中あぶりで昼寝なんて、最高に気持ち良いだろうと思ってしまう。まきストーブが欲しい! けれど我が家には煙突がない。
つぶやき*
現在は薪ストーブを購入し、隣の父の家に取り付けています。宴会でもないかぎり使用する機会がないのが残念です。古くなった薪に虫が付いてきていますので、早く燃やしてしまいたいのですが、今はゆっくりする時間がない!
NO11 屈斜路湖の奇跡 2005年08月23日(火)
最近、休みには屈斜路湖に釣りに出かけるようになりました。自然豊かな湖にいると、大昔の時代にタイムスリップしたような錯覚を覚えるほどです。
屈斜路湖は日本最大のカルデラ湖。大正時代に湖底から硫黄が噴出し、強酸性の温泉水が流入してすべての魚が死滅したと言われています。それ以前は一メートルを超すイトウもいたそうです。長い間魚がいないと思われていましたが、平成の時代になって大きなニジマスが釣れたのが話題になり、釣り人が訪れるようになると、アメマスやサクラマス、ヒメマスなど小魚からサケマス類まで沢山の種類の魚が復活しているのが明らかになりました。
大きな川が流れ込んでいない屈斜路湖の水が自然に浄化されるには、もっと長い時間がかかると思われていました。しかし、湖全体が阿寒国立公園に属し、人の力が加えられていない豊かな広葉樹の森に囲まれており、そこからわき出る水が湖を回復させたのです。まさに「屈斜路湖の奇跡」だと思います。 私たちの街を流れ、大切な水を供給してくれる湧別川にも「奇跡」を起こす力を残しておかなくてはなりません。これ以上広葉樹の森を伐採してほしくありませんし、必要のないダムもいりません。どうしても行わなくてはならない川の工事も、コンクリートを大量に使うことなく進めて欲しいと思うのです。
*つぶやき*
大先輩である札幌市の近藤さんとの釣りの一コマです。夏の屈斜路湖。背景は和琴半島で最北のミンミン蝉が大合唱していました。すばらしい大自然の中でヒメマスは釣れても釣れなくても十分に幸せな気分を満喫できました。
No10 ニジマスにも市民権を 2005年3月15日
湧別川にニジマスがすんでいます。ニジマスは昔からすんでいた魚ではないし、他の魚を食べるので「害魚」だと言う人たちも一部にいます。
在来種といわれるイトウやアメマス、オショロコマが数を減らしているのは事実ですが、それをニジマス等の外来魚のせいにするのは短絡的です。最大の原因は、在来魚がすめなくなるほどの川の環境変化です。
もともと湧別川の魚は海と川を行き来していたと考えられています。海で育った魚は大きくて強く、卵の数も多い。そういう魚が上れなくなった川は、魚が小さくなり、細々と生きることになります。そうやって在来種が姿を消しているのだと思っています。
ニジマスは百年以上前に、国の主導で米国から移植され、行政や民間が遊漁資源として放流してきました。美しい魚体と釣り上げるときのファイトが素晴らしいことで、世界中の釣り人に夢や喜びを与えてきた魚です。海と行き来できない湖や川で、少ない餌で大きくなることができる特性も持っています。そんなけなげに一生懸命生きている魚に「害魚」なんてレッテルはあまりにもかわいそうです。市民権を与えて下さい。
魚が海と川を自由に行き来できるように不要なダムや堰(せき)を壊し、豊かな川をつくってから、ニジマスがどこにすむのが幸せなのかを考えてあげたいものです。
*つぶやき*
遠軽町の街中で釣れました。薄暗くならないと釣れない60cmオーバー。近くの川にこんな大きな魚が棲んでいるなんて知らない人も多いのですが、最近湧別川は結構有名で、知る人ぞ知るなのです!
No.9 WANTED カワシンジュガイ 2004年10月6日(木)
カワシンジュガイとは水が清らかな上流部に住む大きな二枚貝。色が黒っぽいので通称で(からす貝)と呼ばれています。
湧別川最大の支流、生田原川の最上流部の清里地区には昔、川底が黒く見えるほどいたそうです。
専門家の最近の研究によると、カワシンジュガイは川の浄化には最も重要な種類の貝で、幼生の時にヤマベ(サクラマス)のえらに寄生するのだそうです。サクラマスと縁の深い貝ということになります。
9月の上旬、清里地区へ行き網走開発建設部が農業かんがい用の堰を計画している付近を見て歩きました。 沢山のサクラマスが産卵していました。
オホーツク海からはるばる100?近くも離れた山奥。この場所がサクラマスやヤマベにとっていかに大切な場所であるかを感じます。堰ができてサクラマスが遡上できなくなった川が各地にありますが、この川をそんな場所にしてはならないとの思いを強くしました。
期待していたカワシンジュガイはこの場所では発見できませんでした。いったいどこへ!最近も湧別川の下流部で最近、貝殻を見ましたので生息してることは確かです。湧別川水系でこのカワシンジュガイを見かけた事がある人はぜひ連絡を下さい。
*つぶやき*
今も湧別川でカワシンジュガイを見つけることができないでいます。しかし道東や道北の川では沢山棲んでいるところもあり、タナゴ飼育用に販売している人も見受けられますが、生態系の維持に大きな問題があると思います。
NO.8 アライ・アパッポ 2004年5月19日(水)
アイヌ語で(チライ・アパッポ)とは福寿草です
チライとは日本最大の淡水魚イトウ。春の雪解け水が出て水量が多くなると上流の小さな川にイトウが上ってきて産卵するため、その時にときに咲く花と名付けたのだそうです。
イトウは現在、環境省のレッドリストで絶滅危惧種に指定され北海道内でもほんの一部の地域にしか棲(す)んでいません。かつては湧別川にも沢山の大きなイトウがいました。
私の祖父は、青年時代みんなで釣りに行き、川岸にいた蛇に大きなイトウが襲いかかるのを見たそうです。ものすごい音と水柱がたち、一緒にいた人達は、祖父が川に落ちたと思って助けに来たそうです。
実は現在でも、湧別川にわずかながらイトウがいます。イトウは海から棲み良い川を求めているようです。河口付近で海から入ったばかりの銀色のイトウを見せてもらった事もあります。中流付近に棲みついたイトウを、釣り人がチャッチしてリリースしているのも知っています。
でも今の湧別川はイトウには受難の川かもしれません。コンクリートの堰や堰堤のない小川でないとイトウは産卵できないのです。
春の福寿草の時期には近くの小川に大きなイトウが産卵に上り、サクラマスが遡上し、秋にはサケやカラフトマスが帰ってくる 。そんな湧別川を取り戻したいと活動しています。
*つぶやき*
5月の初旬天塩川下流にて釣り上げたイトウです。
大きな魚は上流に産卵に遡上しているので小型が主体でした。湧別川にも沢山棲んでくれたら、遠くまで行かなくてもいいのだが!いやいや、そんなとこまで普通にいくのがオバカだ!
NO.7 川とお役所 2004年5月19日(水)
湧別川でサクラマス釣りを開放して下さい-。私たちがそんな運動を始めてかなり長い年月がたっています。ただ釣りがしたいと言っているのではありません。サクラマスという魚を通じて川に関心を持ってもらい、自然な川の姿を大切に守って行きたいとの思いからなのです。
しかし現実には取組はなかなか前に進むことが出来ません。私たちの要望に対しての道からの回答はこうです。「漁業関係者の同意が得られない」「湧別川はサケマスの増殖河川であり、現在網走管内のサクラマス資源は自然産卵によるので河川に遡上した親魚の保護が不可欠」....。
今、湧別川のサクラマスは大きな危機を迎えています、最大支流である生田原川の上流部で網走開発建設部が取水堰(せき)と、農業用貯水池をつくる計画を進めているのです。事業予算は91億円だそうです。ところが、その場所こそサクラマスの大切な産卵地になのです。水量が減ってしまうことは自然産卵に大きな影響が有ると環境影響評価(アセスメント)の段階でも充分にわからなかったのでしょうか。
同じ北海道の中の「お役所」が全然方向の違う事業をすることに大きな疑問を感じます。
河口から上流にまで人工物によってせき止められていない川は、国内に数少なくなりました、かろうじて残されている大切な命の源である自然の川を、子供達に残していきたい。そう考えて活動しています。
*つぶやき*
生田原川上流の取水堰の現場です。大切なサクラマスの産卵場所でした。現在は周りも木が切られて貯水池も完成していますが、その水の供給を受けている農家は十軒あるかないかです!我々の税金から約100億円使われていますが。
No.6 「どんこ」の泳ぐ清流に2003年7月30日(水)
子供の頃、私は毎日のように川で遊んでいました。家庭訪問になると先生は、まず川に回って私を引き連れてから家に向かったほどです。
そんな自分にとって最も思い出に残っているのは「どんこ」と呼ばれた魚でした。ミミズを糸で縛ってだんごを作り、木の棒の先にゆわえてぶら下げ、静かに川底に落とすと、一度に二匹も三匹も上がってくるのです。
焼き干しにしてだしにすると、うどんの汁には最高だよと、祖父に喜ばれたものでした。
本名はカジカですが、うごきが鈍そうで、ユーモラスな形をしているのでそう呼ばれていたのです。手ぬぐいですくうこともできる、子供達には最もポピュラーな魚でした。
今、湧別川にその姿はありません。川のずうっと上流に小さいのがいるとの話は聞きましたが、私は見たことがありません。
「どんこ」は比較的流れの緩やかな川底の石の下に棲(す)み、水生昆虫や小さな魚等を食べています。ほとんど川底を離れることもなく、大きく住む地域を変えることもしません。川に流れてくる有害な物は一番先に川底に溜まります。その影響を大きく受けたのが「どんこ」なのだと思います。
湧別川は今、ようやく上流の方にも浄水場が建設されて、浄化が始められています。
あの愛嬌のあるどんこの姿がよみがえる、その時ほんとうに湧別川は清流になれると思います。
*つぶやき*
上流に行くと民家が無くなる地点からは川底が綺麗になるような気がします。最近生田原川の上流で久しぶりにどんこを釣り上げた時には感動しました。とてもいとおしくてそっと頭をなぜて流れにもどしましたが、どんこにとっては迷惑な話だね!
No.4 二兎を追う者2003年1月29日(水)
新しいハサミを買いました。実は美容師のハサミは一般の皆さんが思っているよりもたいへん高価なものです。職場研修にやってくる学生に「このハサミはいくらでしょう」と聞くと「一万円位なの」と言います。実際は、最低でも5倍位から高い物では30倍位の値段がします。
私は今年50歳。同期の美容師で、現役でハサミを持っている人はほとんどいません。業界では「事務所に上がる」といいますが、経営や.教育.協会役員としての仕事に就いています。
私の店も社員が増え、自分も「上がる」ことを真剣に考えていた時期もありましたが、結局、現役をできるかぎり続けることにしました。実際にお客様と接して、ほんとうに喜んで帰って下さる姿を見るのはうれしいものです。
また遠軽というこの地に住んで、魚釣りを通じて自然の豊かさにふれ、共通の趣味を通じた友達にめぐりあい、その仲間が集まりこれからの湧別川の未来を考えていく運動をしています。まったく連動していない2つの目標が、自分にとっては、両方ともとても大切なものです。
新しい人に会うと*私は世界で一番、釣りの上手な美容師です*そう公言してきました。
これからも美容師として釣り師として、やれるかぎり続行してゆく覚悟でいます。 新しいハサミと釣り竿を持って。
*つぶやき*
このハサミ当時30万円ほどしました(高かった!)。
現在も活躍中です。大切に使かっているので、私の美容師生命よりは永く持つはずです!やがて息子や娘に、はては孫の代でも使ってほしいものですが!
No.5 釣り人の責任2003年4月16日(水)
「釣りはスポーツなの」と聞かれることがあります。たしかにそうみえる分野もありますが、魚釣りが他のスポーツとは決定的に違うところがあります。それは、命をもらっていくゲームだからです。外国で、ハンティングとフィッシングには厳しいルールがあるのはそのためです。
北海道には厳格なルールがありませんし、ほとんどの釣り人は気にもしていません。釣果ばかりが大切にされ、いかに楽しく、獲物をいかにおいしく食べたなどの大切な部分が欠けているのです。
外国にはバッグリミットという言葉があります。釣り上げた獲物を何匹まで持ち帰れるのかというきまりです。いろいろな魚に対して大きさと、釣る量が決められているのです。
北海道には基準がありませんから、釣り人は自分自身でリミットを決めなくてはなりません。そうしなければ魚はいなくなり釣りの楽しみもなくなります。目安としては、自分の家庭で食べて処理できる数にしましょう。どんな魚でも大切に扱いきちんといただいて下さい。決して畑の肥料や猫のえさにするものではありません。
キャッチアンドリリースという言葉があります。釣った魚をそのまま逃がすという意味ですが、それとて魚に大きなダメージとストレスを与えていることに変わりはないのです。
*つぶやき*
1995年カナダにスチールヘッド(降海型のニジマス)を釣りに行きました。余暇を利用して釣りに来ているアメリカ人と一緒。彼は普段フロリダで釣りのガイドをして生活しています。予約は20年先まで埋まっています。日本もプロのガイドが生活していける制度造りが必要。なぜなら川や周り環境を守っていくのも彼らの大切な仕事なのです。
No.2 空から見た湧別川2002年7月24日(水)
機会があって、ヘリコプターに初めて乗せてもらいました。少し不安もありましたが、天気も最高で、湧別原野からサロマ湖までの景色を空から堪能しました。実は、今回私が一番楽しみにしていたのは空から湧別川を見て、誰も知らない秘密のポイントを発見して、ひそかに一人で釣りに行くことでした。
上空からみると、流域にはこんなに畑があったのかと緑の広さに驚くと同時に、楽しみにしていた湧別川の小ささに驚きました。原野を耕し私達の生活をささえてきたはずの川が、あまりにも小さく見えたのでした。本流は昨年の大雨による護岸工事が至るところで行われ、ずたずたの状態で、コンクリートの散乱している場所がめだちます。支流にいたっては、細いまっすぐなコンクリートの溝のようです。
ヘリコプターは最高でしたが、がっかりしたのは川の姿です。みんなが感心をもたないうちに、実は川は排水溝に変えられていたんだという現実を見せつけられた気分でした。流域に住んでいる人達が未来にどんな形の川を残していくのかをもっと真剣に考えなくてはいけません。
ひょっとして、私たちが知らないうちに、いまさら湧別川にダムが計画されていないだろうかと、心配になって地上に着いた。
*つぶやき*
湧別川は大きく姿を変えています、街に住む人間として、ある意味生活を守るために必要な部分もあります、しかしだからこそ守らなくてはならない部分もあるはずです
No.3 湧別川特区2002年10月9日(水)
国の構造改革特区といふ制度ができて湧別川流域の3町が湧別川におけるサクラマス釣りを解放してほしいとの要望を出しました。海から上流域まで移動するサクラマスを通じて流域の地域の活性化をはかりたいとの願いがあります。
本州の中には、サクラマス釣が解放されている地域が何河川かありますが、魚の絶対量が極端に少ないためほとんど幻の魚状態です。そのため釣り人の間ではぜひもっとサクラマスの多い地域で一度でいいから釣り上げてみたいとの希望があります。北海道の中ではサクラマス釣が解放されている地域はありません。
最初に、湧別川の町村が川の漁業権を持ち、料金を徴収してそのお金を、川の流域の森林の保全や魚の増殖事業にあて、豊かな川づくりをしてゆく。
また全国に発信して多くの人達に春の北海道の一番いい季節に来てもらい、広く豊かな川でゆっくりと釣りを楽しみ、流域の色々な花造りや施設を見て、沢山ある温泉に浸かってもらい、季節の野菜や山菜や特産物を食べてもらう。そんな意味合いでもこんなに恵まれている地域は他にはないはずです。
我々の願いはただ魚を釣ることだけではありません。
湧別川に沢山の魚があふれ多くの釣り人や野生の動物がその恩恵にあずかり、地域に住む人達がなんてすばらしい処なんだろうと思える町にすることです。
国の特区構想の狙いもそんなことなんだろうと信じていますが、結果はいかに?
*つぶやき*
昭和初期の遠軽橋からの風景画です。水量が現在よりかなり多い湧別川。私が高校生の頃には橋から飛び降りた強者もいたほど深かった。「赤胴焼き」さんに飾ってありますよ。
「特区」構想は結局道庁の反対で実現不可能に。道庁に相談するなんて国の構造改革特区の意味なしです!
No.1 湧別川の願い 2001年11月01日(木)
人口1万8000人の町の真ん中を流れ、国道の橋の直下で自然のヤマメが釣れる川があります。
湧別川。春には海からサクラマスが遡上し、秋には鮭やカラフトマスが産卵のため帰ってくる。
緑豊かな7月には「オホーツクフィッシングin湧別川大会」が流域の町村で開かれ、道内外の釣
りフアンでにぎわう。道外の釣り人には、地元の歓迎ぶりと自然の豊かさはよく知られており、
「釣りをしてみたい北海道の川」のベスト3に名を連ねている。
湧別川は、流域に暮らす人々の水道水であり、水洗トイレの終末水も川に流れ、たまねぎの畑を
潤し、豊かなオホーツクの海をつくる手助けもしている。湧別川は流域の住民の生活を支え、産
業振興にとってかけがえのない川なのだ。
その川が近年、傷んでいる。水質が悪化し、川底に住むカジカ類はほとんど全滅してしまった。
流域の山の木の伐採でよりすこしの雨でも氾濫し、流れが毎年のように変わってしまう。コンク
リートによる改修工事で川は巨大な排水溝に姿を変えつつある。
そんな川の惨状に心を痛める仲間達が集って今春、「サクラマスを考える会」を結成した。川の
流域を行き来するサクラマスという魚の視点を通じて、湧別川の在り方を探るのが目的だ。手始
めに、今年は地元カヌークラブの協力を得て、支流を含めサクラマスの産卵場所を調査し、マッ
プにする予定。流域に住む人々は湧別川の恵みに感謝しています。
しかし私たちは、いったいこの恵みの川にどんな恩返しをしてあげられるのだろう?
*つぶやき*
湧別川のサクラマスを考える会は流域の釣りクラブ「ポテト・バイン」のメンバーが中心。
今でも自分たちで建てたログハウスに集まっては釣りの自慢話に花を咲かせます。この仲間
達とは一生楽しくつきあうことができます。最高です!